左 Nikon F4s / 右 Nikon F90X

一瞬のシャッターチャンスを逃さぬ為に、あらゆる自動化を図るのも1つの手段だ。
その一方で、人がカメラを如何に使いこなすか、このテーマはカメラに限らず、あらゆる工業製品にとって重要な課題であると思う。高度な自動化は安定した結果を生む一方で、人と機械の逆転した上下関係は、時にどっちが主役なのかを忘れさせてしまう。

しかし、現実問題として自動化を全否定することが出来ないのも事実。自動と手動、この相反する2つの要素を如何に調和させるか、これは極めて難しく、そして常に新しい課題だと思う。

この難題を見事に解決してしまったカメラが存在する。
それも今から20年も昔のことである。

 

(カタログより引用)

一目惚れと言ってしまって良いかもしれない。

私がニコンの一眼レフに興味を持ったのは、ちょうどF5が発売される直前だったように思う。当時のニコンの主力はF4ではなくF90Xだった。よって雑誌などの広告は本来のフラッグシップカメラであるF4ではなく、F90Xが誌面を躍らせていた。既にF4が世に出てから7年が経過し、日進月歩な開発競争の中、明らかに機能の先進性ではF90Xに見劣りしていた。格下のカメラに負けてしまうという、F4にとって屈辱的な状態だった。

このような状況下でカメラを始めた私にとって、最初に憧れのカメラはF4ではなくF90Xだった。なんともアナログっぽい古臭さの残るF4に、当時のトレンドである「ハイテク」を感じなかったのかもしれない。当時は今のように、どんな安物でもある程度の性能が保証されている程に技術水準が高くはなく、「新機能」や「最新」といったものが大きな価値基準だったように思う。

当時最新のF90Xへの憧れを抱きながら、下位機種のF50Dを使っている中、ひょんなことから外出先で報道カメラマンと知り合い、初めてF4を触らせて貰った。正確に言うと、そのカメラはF4Eで、プロ用の中間シャッター改造が加えられており、当時のプロ用ストラップが付けられたモノだった。ずっしりとした重量感、さわり心地、ファインダーを覗いたときのフィーリング、そのすべてに惚れこんでしまった。まさに一目惚れだった。

それからと言うもの、F4への想いが募りに募り、とうとう一目惚れしてから半年後、貯金を下ろして金融新品で一番デザイン的にも気に入っていたF4sを購入した。本当に幸せだった。今でもその時の箱は大事に保存してある。購入してからと言うもの、どこに行くにも撮影のときは必ず愛機F4sを連れて行った。プロでも無いのに使い込み、シャッターがヘタってユニットごと交換するような修理を2度、そして今でもココゾという時には必ずF4sを連れて行く。

世の中には数多くの名機と呼ばれるカメラが存在するが、操作性、基本性能、自動と手動の調和、デザイン、シャッター音、フィーリング、このどれをとっても私はF4が今でもベストのカメラだと思う。発売から20年、購入から10年経っても色褪せない魅力は、今後も変わることは無いでしょう。

F4とF90X、その操作系統は全く異なる。F4はアナログ式、F90Xはデジタル式である。互いに相反するユーザーインターフェースを持つカメラを併用することは、一見すれば統一性がなく不合理な選択であるとも思えるが、アナログとデジタル、両者の長短を互いに補完しながら使えるという視点に立てば、決してそれは誤った選択ではない。

デジタルとアナログ、どちらの方式も完璧とは言えない。カメラの設定状態が瞬時に直感的に把握できるアナログ方式を採用したF4の短所は、暗所での使い難さや、シャッター速度のステップ(刻み、段階)が構造的に限られてしまうこと。一方、F90Xの採用したデジタル式の短所とは、電源を入れない限りカメラの状態を把握することが出来ないことや、操作する際にボタンを押しながらダイヤルを回すなどといった、直感的でダイレクトな操作が不可能であるという点に尽きる。

最近、旅客機の撮影が主になったことで、AF(オートフォーカス)の強いF90Xが力強い味方になっている。F4のAF機能も精度という点では未だに一級品を誇っているが、条件によって使い物にならなくなる場合もあるため、AFのトータルな信頼性という点でF90Xに敵わない。AFに特化するならF90Xは実に頼もしい存在だ。

 

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